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2007年 01月 05日
「お前は、どこから見ても正真正銘の中華系インドネシア人だ」
腕を組み、あごをしゃくりあげた運転手は、大目玉を見開いて断言した。 マレーシア・クアラルンプール中央駅前、“ギャンブラーの聖地”ゲンティン・ハイランド行きのバス停。2005年4月のことだ。「まだ空席はある?」。インドネシア語で話しかけた私に、マレー系の彼は入り口のステップに腰掛けて答えた。「ああ、あるよ。あんたが幸運なら。予約はいっぱいだが、来ないヤツがいるだろう。出発時刻に空席があれば乗せてやる。ダメなら次を待つんだな」 インドネシア語とマレー語。語彙の9割は一緒に思える「兄弟語」だが、話してみるとかなり違う。マレーシアに移った当初、開口一番言われた言葉が「あんた、インドネシアから来たんだろう?」だった。難しい言葉ほど一緒なのに、日ごろ使う簡単な言葉ほど異なる。言葉は生き物、と思えば当然なのだが、毎日のように「インドネシアから……」と言われるのには閉口した。 たとえば、アイスティーの砂糖抜き。インドネシアなら「エス・テ・タワール(es teh tawar)」だが、マレーシアでは「ice te O(アイス・テ・オー)」だ。「オー」はO=ゼロの意味。砂糖がゼロ、というやや強引な言い回し。一方のインドネシア語は、旧オランダ植民地のため、オランダ語からの借用語が多い。雑貨屋の店先、レストランでの会話など、よく使う単語に限って全く違うので、本当に困った。「te O」という俗語に気付くまで、何度砂糖たっぷりの紅茶を飲んだだろう。 さらにややこしいのが、見知らぬ中華系マレーシア人と話す時だ。私の外見から判断し、相手はまず広東語で話しかけてくる(広東系はクアラルンプールの中華系の最大派閥)。広東語が分からないと気付くと、今後は北京語で。これもおぼつかないと分かると……ええい、一体あんた何なのさ!となる。北京語も、広東語も、英語も中途半端、唯一インドネシア語もどきのマレー語を話す私は、まったくもっておかしな存在だったのだ。 ところが、インドネシアにいた頃は……。「あんた、シンガポール人だろ?違う?じゃあ、フィリピン人か……日本人だって!嘘言うんじゃない。何のためにインドネシア語を勉強したんだ? どこに住んでるんだ? いつまでジャカルタにいるんだ?仕事は?家族は?年収は?」……質問攻めにあうのが日常茶飯事だった。 幸運にも、私はバスに乗ることができた。1時間後。「ところで、ゲンティンには何しに来たんだ?」。降りがけに、運転手が聞いてきた。「何だって?ケニー・ビーのコンサート?そんな歌手知らないな。有名なのか?何でもいいけど、博打はほどほどにな。まあ、あんたには中国人の血が流れてるから、大丈夫だろうけどな」 その夜、場末感漂うカジノ併設のステージで、ニコニコ歌った阿B。 もちろん、そんな会話を知るはずもない。
by yeungji
| 2007-01-05 22:13
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