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2007年 01月 12日
期末試験の日だった。ジャカルタ南郊・デポックへ向かう列車は遅れに遅れ、車内はすし詰め状態だった。プラスチックの椅子に座ってはいたが、乗客は増え続け、私のひざの上まで人がのしかかってくる。試験に遅れるわけにはいかない。欠席なら即落第だ。1学期分・3カ月が無駄になる。どこかで飛び降りて、タクシーを拾うか。じっとり汗をかきながら、考えていた。
デポックは、学生の町だ。私が通ったインドネシア大学を含め、大小さまざまな大学があった。駐在員やその妻を含め、多くの日本人が運転手付きの自家用車で学校に通う中、毎朝電車で通う私は、珍しい存在だったのかもしれない。「危なくないの?」「スリにあわないの?やめなさいよ」。何度知人の日本人に忠告されたことだろう。 自宅から最寄り駅まで、歩いて15分。ジャカルタの町は歩行者に優しくないから、道路を渡る時は文字通り命がけだ。バジャイ(三輪タクシー)やバスが吐き出す煤煙に口を押さえながら、汗をかきかき駅まで歩く。窓口で切符を買う。片道1000ルピア(15円)。改札口には誰もいない。薄暗い階段を上り、ホームに出ると、遠くからアザーン(お祈り)の声が聞こえる。 列車の屋根には、スズメのようにびっしり若者たちが座っている。嘘か本当か、「屋根の上はタダだから」だと聞いた。車体はドアを開けたままホームに滑り込む。大きな麻袋をひきずった中年の男、赤ん坊を腰の上に乗せ、バティック(ジャワ更紗)で支えた若い母親、籠に車内で売るオレンジを山盛りにした老人、ギターをぶら下げた痩せた若い男(彼らはプガメン=pengamen=と呼ばれる流しの歌うたいだ)。列車が止まるのも待ちきれず、車体に飛びつくようにバラバラと乗り込む。 窓を背に壁に沿ってのびる長いプラスチック(古い車体の場合は木製)のベンチ。空席を見つけて駆け寄ると、お尻をおく場所がバックリ割れていることもよくあった。仕方ない、暑いからドアの近くで涼むか……と入り口付近に立っていて、あまりの人の多さに開けたままのドアから走行中振り落とされそうになり、肝を冷やしたこともあった。暑かろうと、乗客の体臭がひどかろうと、座るならなるべく車内の中央に、立つ時は“人のクッション”の間にいることを覚えた。自分を守るために。 しかし、その日の遅れはひどすぎた。普段は1時間のデポックへの道が、道のりを半分すぎた時点ですでに2時間を超えていた。いつも必要な時間より1時間以上早く家を出ていたが、これでは間に合いそうにない。どうしよう……。 窓の遠くに、線路と並行に走る道路が見えた。無理やり立ち上がり、声を上げた。「Hari ini ada ujian! Saya harus turun di sini! Tolong turunkan saya!(すみません、今日は試験なんです!ここで降ります!降ろして下さい!)」。デイパックを胸に抱え、無理やり人の間に自分の体をぐいぐい割り込ませる。 ああ、これじゃ出られない。列車が動き出してしまう……と思った瞬間、左腕をつかまれ思い切り引っ張られた。あっ、と思った瞬間、人ごみから引き出され、空中に弧を描くように、ポーンと1メートル以上も下の線路脇に下ろされていた。とっさに見上げると、ポロシャツを着たおじさんが、私の左腕をつかんだまま見下ろし笑顔で言った。「Selamat ujian!(テスト、頑張れよ!)」 「Terima kasih banyak, Pak!(どうもありがとう、おじさん!)」。枕木を踏んで線路を越え、畑を走って横切り、手を振ってタクシーをつかまえた。30分後。遅刻したものの、何とか試験に滑り込んだ。 今も鮮やかに目に浮かぶ。私を見下ろすおじさんの力強い目と、がしっとつかまれた腕の感触。心配そうに、面白そうに、私の顔を見下ろしていた車内の人々の表情を。 翌朝、新聞を開くと、見出しが目に飛び込んできた。 「架線ケーブル、デポック付近で切られ盗難 転売目当ての犯行か」 原因は、これだった。
by yeungji
| 2007-01-12 01:18
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